気象と科学

序文

 気象について扱った本は多いが、気象学と国家事業としての気象事業について、科学、行政さらには労働運動の面から総合的に論じたものはほとんど出ていない。
 本書の著者は、1950年代から60年代にかけて、わが国における数値予報技術の開発研究、さらにわが国で初めて大型電子計算機を導入することにより実用化した数値予報業務に従事した。また、1960年代から70年代にかけて、気象庁職員で構成する全気象労働組合の中央執行委員長として、気象労働運動に参加した。また、1977年以来二期にわたって、日本学術会議会員(第四部・地球物理学)に選出され、わが国における科学の平和的、総合的発展のため努力している。なお、著者が現在所属する気象研究所は、1980年、多くの国立試験研究機関とともに、茨城県・筑波研究学園都市に移転したが、著者は、この地において、「平和都市宣言」の起草に参加した。
 本書は、これらの経歴、経験の中で行われた講演、論文のうち、比較的一般向きのものを選んで補筆し、収録したものである。

 「地球観測百年と気象事業の展望」
 1983年7月31日、気象庁講堂で「地球観測百年にあたり気象事業の将来を展望して」をテーマに行われたシンポジウムの記念講演として行ったものである。全気象労働組合は、1979年以来毎年、全国から予報官、技術専門官をはじめとする気象事業第一線の組合員を集め、気象事業政策研究会議という名称の会議を開き、気象庁当局の方針を検討、批判するとともに、労働組合としての提言を行ってきた。このシンポジウムは、この会議の日程とあわせて開かれたもので、気象庁関係以外の人に対しても公開で行われたものである。

 「数値予報をきずいた人々」
 日本気象学会機関誌『天気』の1982年10月号に掲載された解説論文「数値予報と数値シミュレーションの百年」のうち、数値予報実用化への基礎をきずいた内外の先駆者たちを紹介した部分を採録した。日本気象学会は、1982年、創立百周年を迎えたが、その記念事業の一つとして、機関誌『天気』に毎月、記念レビューとして、各分野の百年間をふりかえっての解説論文を連載してきた。これはその記念レビューの一つとして掲載されたものである。

 「弁証法的にみた数値予報」
 『OMEGA』(オメガ)、第十巻第四号(1974年4月)より収録。数値予報の発展の歴史を哲学的に考察したものである。この雑誌は、数値予報技術の開発に従事している人と有志による同人誌で、1961年創刊、季刊を原則として発行をつづけたが、この号で廃刊となった。

 右二篇の論文には、一般にやや難解と思われる記述が含まれているが、著者の主張の中心点をご理解いただければ幸いである。引用文献は割愛したので、さらに関心のある方は、原掲載誌を参照していただきたい。

 「科学と平和」
 1983年12月8日、筑波研究学園都市で開かれた「平和都市宣言一周年記念、わがまちに平和を!12・8集会」で記念講演として行ったものである。その前年、1982年は、第二回国連軍縮総会にむけて、筑波研究学園都市でも反核・平和の草の根運動が大きくひろがったが、「平和都市宣言」はこのひろがりの中で、戦争のための研究を許さぬ決意をこめ、平和を願う人々の手で採択された。その一周年を記念し、労組・民主団体等の有志が実行委員会をつくり、記念の集会を行ったものである。

 「全気象労働組合と私」
 全気象労働組合は、自らの労働条件、生活条件の改善と、国民のための気象事業の確立を統一的に追求している。1965年8月から三期三年間、そして二期間をおき、さらに三期三年間、計六期六年間、同労組中央執行委員長の任にあった著者が、とりわけ力をいれて取り組んだ課題のうち、僻地問題、「合理化」問題について執筆、あわせて労働組合運動のあり方について論じた。労組機関紙等には報じられなかったエピソードもまじえ、本書のために書き下したものである。

 「私を変えた人―曲田さんの思い出」
 故曲田光夫氏追悼文集『光雲』(1974年刊)に掲載した「曲田さんの思い出」から再録した。曲田氏は、すぐれた理論気象学者であったが、また、青年時代の著者の人生観を大きく変えさせた人でもあった。故人への著者の敬意と感謝の意を表して再録したものである。

 もとより、気象事業をわずかな紙面で論じることは至難のことであるが、この小冊子が気象事業と地球物理学全体とのかかわり、先駆的科学者たちの業績、また、気象事業をささえる気象労働者のねばりづよい活動などに心を寄せていただく一助となれば幸いである。編集者の力量不足のため、不明の点も多いことと思う。読者各位の積極的なご批判、ご討論を期待するものである。

気象事業と科学が真に平和のために貢献することを期待してやまない。
 1984年1月                      『気象と科学』編集委員会

目次

序文
Ⅰ 地球観測百年と気象事業の展望
はじめに
一 国際地球観測百年を振り返って
1 第一回国際極年参加の先見性
2 「天気図百年」と最初の「暴風警報」
3 富士山測候所と第二回国際極年
4 国際地球観測年と南極観測
5 国際地球観測年以後の地球科学のめざましい発達
二 気象事業の性格
1 地球物理現象全てを対象
2 観測、記録(統計)、通信、総合予報のシステム
3 「科学の論理」が基本
4 学問的雰囲気と気象事業
三 最近の気象事業にあらわれた諸矛盾
1 「気象プロパー」と観測軽視
2 予報業務の系列化と機械的予報
3 中央集権化と地方の独自性の喪失
四 「今後の気象業務の展望(試案)」の問題点
1 科学技術の進歩をうたっているわりに”夢”がない
2 地球物理現象全体を扱う官庁としての認識の欠如
五 気象事業の再生と飛躍をめざして
1 気象事業の性格の再認識と現行組織の効果的な利活用
2 エレクトロニクスなど最新の技術を駆使した魅力ある職場を
3 新技術を用いた観測
4 研究・開発
おわりに
Ⅱ 数値予報をきずいた人々
一 ”気象学を真の科学に″
二 リチャードソンの試みと失敗
三 長波の発見
四 じょう乱のスケール
五 数値予報の誕生
六 準地衡風から非地衡風へ
七 わが国の研究
八 数値予報グループの誕生
Ⅲ 弁証法的にみた数値予報
一 不可知論と決定論
二 量的変化と質的変化
三 量から質への転化
四 有効性と限界性
Ⅳ 科学と平和
ー 天気予報がなくなった日
ニ 戦前の学術研究会議
三 科学者の戦争協力についての反省と日本学術会議の発足
四 日本学術会議の活動と平和都市宣言
五 戦前の世論形成と新聞紙法の役割
六 新聞人の反省と新聞倫理綱領
七 最近の世論形成とマスコミ
八 現在の情勢と平和都市宣言
Ⅴ 全気象労働組合と私
Ⅵ 私を変えた人  曲田さんの思い出
一 私を変えた人
二 大手術
三 処分
あとがき

奥付

気象と科学
定価1500円
1984年3月25日 第1刷
著 者   増田 善信
発行所   草友出版
ISBN4-88223-107-7C0044