はしがき
田村和之
広島、長崎の原爆被爆から78年になる。ところが、今なお新たに原爆「被爆者」になる人がいる。
2022年4月から2023年3月までの1年間に、約3,800人が広島県および広島市から被爆者健康手帳の交付を受けて「被爆者」となった。被爆者健康手帳の交付を受けた者が被爆者援護法にいう「被爆者」であり、上記の数の人が新たに「被爆者」となったのである。
被爆者とは原爆を被爆したものであるとすれば、78年前の被爆のときから被爆者であるはずである。なぜ今頃になって「被爆者」が生まれるのか。答えは、法律にいう「被爆者」は、法律の定める要件や手続きにより「被爆者」と認められた者をいうことになっているからである。
被爆者の救済・援護を目的とする法律である被爆者援護法の適用を受けようとすれば、この法律の定めるところにより「被爆者」と認められ、被爆者健康手帳の交付を受けなければならない。広島県・市が被爆者健康手帳を交付して「被爆者」と認めた人が、2022年度だけで上記の数にのぼるが、実はこの数は「黒い雨」被爆者だけである。
広島原爆の直後、当時の広島市内だけでなく、市外のかなり広い範囲に「黒い雨」が降った。この雨には原爆により生じた放射性微粒子(フォールアウト)が含まれており、これに打たれ、あるいは、放射性微粒子が付着した野菜や水などを摂取した人は、原爆放射線(残留放射線)を外部被曝し、あるいは内部被曝した。この人が「黒い雨」被爆者である。
広島原爆の関係では、1976年の原爆医療法施行令改正により旧・山県郡安野村の一部ほか9地域(宇田雨域の大雨地域)を健康診断特例区域と定め、これらの区域内で「黒い雨」に遭った人には被爆者健康手帳が交付される途がひらかれた。しかし、「黒い雨」は、宇田雨域だけでなく、後に明らかにされる増田雨域や大瀧雨域でも降っていた。これらの雨域で「黒い雨」に遭った人たちは、「自分たちも被爆者である」「被爆者健康手帳の交付を求める」という運動に立ち上がった。この運動の集大成が「黒い雨」訴訟であった。
「黒い雨」訴訟は、一審広島地裁、二審広島高裁ともに見事な原告「黒い雨」被爆者の勝利であった。被告の広島県・市および訴訟参加した厚生労働大臣は上告せず、高裁判決が確定し、84人の原告全員に被爆者健康手帳が交付された。閣議決定による「内閣総理大臣談話」が発表され、原告と同じような事情にあった者にも被爆者健康手帳を交付するとした。広島県によれば原告と同じような事情にあった者は1万3,000人に及ぶというから、冒頭に述べた3,800人は、この一部分でしかない。それにしても、この1年間に「被爆者」が3,800人も増えたのは驚きである。これをもたらしたのが「黒い雨」訴訟の原告勝訴であった。
(以下、略)。
2023年5月
目次
奥付
原爆「黒い雨」訴訟
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2023年6月30日 初版第1刷発行
編著者 田村和之・竹森雅泰
発行所 株式会社本の泉社
ISBN978-4-7807-2245-1 C0032