はしがき
「異常気象学」などという耳慣れない言葉に驚かれた読者も多いと思いますが、地球温暖化と関連して異常気象が増えています。しかし、なぜ温暖化すると異常気象が増えるのか、そのメカニズムにまで触れた研究は余りありません。それは異常気象学がないためではないかと思います。そこで、そもそも「異常気象」とはどういう現象なのか、そのメカニズムは気象学や地球物理学から見てどのようなものか、などから紐解いて見ようと思います。もちろん、まだ体系的に完成した学問ではありませんし、著者の思いこみや、間違いもあるかも知れませんが、「異常気象学」という新しい山に挑んでみたいと思って本書を執筆しました。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、異常気象のことを「極端な事象」と呼んでいますが、気象庁の定義によると、異常気象とは30年に1回以下の、平常的には現れない気象現象(高温や低温、あるいは豪雨、渇水など)をさしています。しかし、最近は過去30年で見れば「異常」な現象が度々現れています。
例えば、2008年7、8月は異常気象が頻発した月でした。京都市では7月全部が真夏日で、猛暑日が12日も観測され、7月19日から27日までの9日間は連続して猛暑日でした。
集中豪雨で大きな被害が出た月でもありました。例えば、7月28日には北陸や近畿地方の広い範囲で、記録的な激しい雨が短時間の間に降り、神戸市内を流れる都賀川が10分間で1.3 mも増水し、川遊びに来ていた学童をはじめ11人が流され、子ども3人を含む5人が死亡するという痛ましい事故が起こりました。金沢市でも市内を流れる浅野川、高橋川、大野川が氾濫し、多数の家屋が床上や床下浸水に見舞われました。
さらに、8月5日には、東京都文京区雑司ヶ谷の下水道工事現場で、6人の作業員が集中豪雨による異常出水で、あっという間に流され、作業員5人が死亡しました。この時、現場近くの東京都下水道局の雨量計の観測によると、降りはじめの11時45分から、事故が発生した直前の12時15分までの30分間に37ミリの雨が降っていました。短時間に降った豪雨が、舗装された地面で集められ、一度に下水道管に流れ込んだためであろうと思われます。
8月末は「平成20年8月末豪雨」と命名されたように、各地で集中豪雨が降り、被害が多発しました。8月29日には、岡崎で1時間雨量146.5ミリの豪雨が降りました。これは従来の1 時間降水量の記録を更新したものです。
また、全国各地で竜巻やダウンバースト、ガストフロントなどが観測され、気象庁のまとめによると、2008年7月だけで21個も発生し、発生場所も沖縄から北海道まで全国に及んでいたといわれています。
一方、2003年7月のヨーロッパのように、1カ月以上も熱波が続き、3万5千人もの人が亡くなるという異常気象もあります。日本付近でも2005年12月から2006年1月にかけて、極端な寒波に見舞われました。これらはいずれも同じような気圧配置が続いて、極端な高温の日や低温の日が何日も続いたためです。
このように異常気象には2種類のタイプがあるように思います。
第1のタイプは、集中豪雨や竜巻などという激しい気象現象、あるいはハリケーン・カトリーナのように台風や低気圧が極端に発達し、強風や豪雨をもたらす異常気象です。
第2のタイプは、同じような気圧配置が長く続いて、熱波や寒波、さらには何個もの台風やハリケーンがほぼ同じコースをとって襲来するという異常気象です。
2つはそれぞれ違ったメカニズムで増えているのではないかと思います。
ではなぜ最近異常気象が増えてきたのでしょう。地球温暖化のせいだといわれています。ではなぜ地球温暖化が進むと異常気象が増えるのか。その正確な答えはまだ明らかにされていないように思います。
しかし、統計的に見ると、温暖化によって平均気温が上がると、異常高温が増える可能性のあることがわかります。IPCC(2001)は、図Aを用いて、気温の発生頻度の図から気温の平均値や偏差の変化によってどのように異常高温や異常低温が増えるかを模式的に示しています。
図A(a)は気温の平均値が増えた場合、すなわち温暖化して新しい気候に移った場合を示したものです。低温の極値、すなわち異常低温は起こらなくなり、逆に異常高温が多くなり、記録的な酷暑が起こる可能性が出てきます。
一方、図A(b)のように、平均値は変わらなくて気温の変動が多くなる、すなわち低温の偏差も高温の偏差も増えるとどうなるでしょう。この場合は異常低温も異常高温も増え、記録的な酷寒と酷暑の両方が起こりやすくなります。
さらに、もし平均気温が上がり、高温の偏差も増えるような気候レジームになると(図A(c))、異常低温はほとんど現れないが、異常高温も記録的な酷暑も激増する可能性があることがわかります。(図A(a)(b)(c)参照)(※図は削除)
しかし、この考えは変化がほぼ正規分布するような現象には適用できますが、降水量、特に渇水、少雨のような正規分布をしない現象には適用できません。それだけでなく、なぜ温暖化すると、異常気象が増えるのか、そのメカニズムにまで踏み込んだ説明にはなっていません。そこで本書では、まだ仮説の段階ですが、なぜ温暖化すると、前述の2種類の異常気象が増えるのか、そのメカニズムにまで踏み込んで説明したいと思います。
(以下、略)
目次
奥付
地球温暖化を理解するための 異常気象学入門
2010年1月30日 初版1刷発行
定価はカバーに表示
著 者 増田善信
発行所 日刊工業新聞社
ISBN 978-4-526-06384-8