コンピュータによる数値予報の先駆的研究は増田が生涯に亘って取り組んだ気象学のテーマであった。
大規模火山爆発、水爆実験による異常気候の研究を行っていた時期(1953年末)、東京大学、気象研究所、気象庁などの研究者・技術者が結集して数値予報グループがつくられた。このグループは1954年5月のメイストームの予報や、洞爺丸台風の進路予報の再現実験を行い、数値予報の有効性を明らかにした。増田もメモリーが僅か256語という超小型の富士フイルム計算機Fujicを使って、台風の進路予報を行った。
このような活動を背景にIBM704(当時世界最速、米国以外での使用は気象庁のみ)の導入が実現した。当時の気象庁の予算は年間約50億円。一方計算機関係予算は2億円。当時の長官は大蔵省から「ぼろ庁舎の建て替えをとるか、計算機をとるか」と迫られ「計算機を下さい」と答えたと言い伝えられている。
増田は電子計算機による台風の進路予想に取り組んだ。僅か8k+8k(補助)のメモリーであった。これで格子間隔300㎞、格子点28×20の領域で24時間予報を実現した。数値予報の現業化と発展に全力投球したのである。こうして当時最先端の研究は「台風の進路予想」(増田善信、他1名)としてまとめられ、みごと日本気象学会賞(1959年度)を受賞した。 生涯の課題となったこの研究によって、気象を地球規模で科学的に把握する力を養った。同時に増田の人格は気象を自然現象としてとらえるばかりでなく、そこにで生活する人への影響もあわせて理解、共感する力を蓄えていった。
新聞などメディア
| 西暦 | 和暦 | 数値予報 |
| 1958年 | 昭和53年 | 天気 5巻 2月号 数値予報シンポジウム 台風の数値予報 増田善信 |
| 1978年 | 昭和53年 | 天気 25巻 10月号 普及講座 数値予報 |
| 1982年 | 昭和57年 | 天気 29巻 10月号 数値予報と数値シミュレーションの100年 増田善信 |
| 2006年 | 平成18年 | 未発表 数値予報の歴史、現状、課題 |