伝記書のご案内

気象学者 増田善信―信念に生きた101年―
すいせん文

柳田邦男

私は、小学校五、六年の頃から中学時代にかけて、天文学や気象学に興味を抱き、その分野の本を読み漁った。特に気象については、本で学ぶだけでなく、自宅庭に手作りの雨量計や風向・風速計を設置して、毎日定時に観測しては、野帳に記録した。特に熱心に観察して記録したのは、雲だった。
雲の種類と雲量、形をノートにスケッチ図まで添えて記録したのだ。千変万化する雲の形はダイナミックで、飽きることなく描き続けた。
かつて昭和の戦前・戦後期においては、気象専門家は、雲の変化に対してロマンを抱いていて、なかなかに魅力的なエッセイや雲の解説を書いていた。本書・増田善信先生の伝記を読むと、そういう印象を抱く。〔毎日、“朝のあいさつ”のような雲を眺めているんだろうなあ〕と共感をこめて感じるのだ。  増田先生が気象観測と研究に取り組んだ時代は、戦中・戦後の激動期で、観測や研究の対象として、原爆放射能を帯びた「黒い雨」の実態解明が注目されていたので、その正確な降雨域や雨中の放射能濃度の測定に力を注いだ。被災者・住民と共に、その実態解明に取り組んだ増田先生の活動は、核戦争時代の科学者のあり方を示すものとして注目したい。本書の意義はそこにある。


「黒い雨」に科学で挑んだ、気象学者101年の記録

増田善信(1923―2025)の生涯は101年におよんだ。台風の進路予報に関する数値的研究など気象学の最前線で研究に励み、日本の気象学の発展に多大な足跡を残した科学者である。
晩年は原爆による「黒い雨」調査に全力を注ぐ。原爆投下後に降り注いだ放射性物質を含む雨がどれほど広範囲に、どのような影響を与えたのか被爆者たちの証言を集めて科学的に裏付けし、司法判断を支えることで被爆者認定の拡大に尽力した。

本書は、その長大な人生を克明にたどり、研究者としての歩みと人間としての信念を描き出す。

異常気象や災害が頻発する現代において、科学者はどのように社会と関わるべきか。増田氏の生涯は、わたしたちに深い問いと希望を残してくれるだろう。
気象学の歴史から平和の記録まで、また信念を貫いた一人の生涯の記録として、多くの人々に訴えかける一冊。

【主な目次】
1.気象との出合い
2.天気予報が消えた
3.挑戦と変革
4.西へ東へ、無人島へ
5.「黒い雨」を追って
6.市民とともに地球を守る酸性雨調査研究会
増田善信自分史年表